日本を出発後、約12時間でシンガポール到着。何はともあれ、まずはお世話になる旅館に直行することに。本来なら、昨晩到着しているはずのところ、何も連絡をいれずに半日遅れたのですが、あちらはあっけらかんとされていました。昼過ぎまで、休息をとった後、急に思い立ったように、となりの島「インドネシア」へと出かけます。
午前9時のチェックイン
シンガポールの空港には、朝の6時過ぎには到着してしまった。降りる人はもの凄く少ない上に、他の到着便がないので、入国カウンターはガラガラ、両替所も1ヶ所しか開いておらず、「今日は、休みだっけ?(そんなはずはない!)」とか、考えてしまいました。
空港から街中へは、最寄のMRT(地下鉄のような、モノレールのような、シンガポールで最も頼りになる高速鉄道系の交通機関です、ね)の駅まで路線バスで出るという手段を以前からとっていたので今回も、と考えていた。ただし、そのままバスに乗ったとしてMRTに乗換える頃が、ちょうど通勤ラッシュの時間。さすがに寝不足の状態でラッシュアワーはきついと思い、ハンバーガーを食べたり、コンビニに寄ったりと時間をつぶした、と思っていた。
どうも我慢ができなくなり、地下のバス乗り場へ行くと、いかにも「旅慣れた」という感じで、巨大なバッグを背負っている西洋系の旅行者や、空港職員と思われる軽装で手ぶらの人たちに混じって、不審な動きで「○球の歩き方」とバスの時刻表を交互に見比べている、中年の日本人おじさんを発見!。どうせヒマなので声をかけてみると、東京からの深夜便で到着したばかりで、2週間の休みを使って、これからタイとラオスの国境まで北上してくる、とのことだった。「タイに行くのに、なぜシンガポールに?」とも思ったが、「いや~、バンコク行きの安い便は卒業旅行とかいう集団ばっかりで、空席がなくて」と笑いながら語る表情と、ぼろぼろでかろうじてひもで結んで封をしているが恐ろしくコンパクトにまとまったバッグを見ると、何となく「旅の達人」みたいな雰囲気を感じてしまった。とりあえずシンガポール駅まで出たいとのことだったが、直通のバス路線がない(というより、分からない)ことと、以前最寄のMRTの駅から歩いていったことがあったことから、一緒にその近くのMRT駅までのバスに乗っていくということになった。
ワタシも疲れていたことと、車内が混雑してきて、悠長にハナシができる状態でもなくなってきたので、一足先に、旅館の最寄駅でワタシだけ降りたが、タイの国境地帯まで行ける人なので、駅までの道で迷うことはない、でしょう。朝も早すぎるので、すべて閉まっている(=開店前)ショッピングモールを通り抜け、半日遅れで旅館に到着した頃には、寝不足&花粉症&直射日光と熱帯の高熱で、意識が朦朧としていたが、宿の女将さんが気付いてくれて名前まで覚えてもらっていたことに、少し元気が出た。その場で1日分の料金を払い、部屋の鍵をもらい、早速ベッドに倒れこんだ・・・。一応、昼間に部屋を使ったことによる「休憩料」は取られていない・・・、多分。
注:2002年現在、MRTの線路が伸びて、空港に直結したみたいです。工事をしていた気配なんかなかったのに。
空港から街中へは、最寄のMRT(地下鉄のような、モノレールのような、シンガポールで最も頼りになる高速鉄道系の交通機関です、ね)の駅まで路線バスで出るという手段を以前からとっていたので今回も、と考えていた。ただし、そのままバスに乗ったとしてMRTに乗換える頃が、ちょうど通勤ラッシュの時間。さすがに寝不足の状態でラッシュアワーはきついと思い、ハンバーガーを食べたり、コンビニに寄ったりと時間をつぶした、と思っていた。
どうも我慢ができなくなり、地下のバス乗り場へ行くと、いかにも「旅慣れた」という感じで、巨大なバッグを背負っている西洋系の旅行者や、空港職員と思われる軽装で手ぶらの人たちに混じって、不審な動きで「○球の歩き方」とバスの時刻表を交互に見比べている、中年の日本人おじさんを発見!。どうせヒマなので声をかけてみると、東京からの深夜便で到着したばかりで、2週間の休みを使って、これからタイとラオスの国境まで北上してくる、とのことだった。「タイに行くのに、なぜシンガポールに?」とも思ったが、「いや~、バンコク行きの安い便は卒業旅行とかいう集団ばっかりで、空席がなくて」と笑いながら語る表情と、ぼろぼろでかろうじてひもで結んで封をしているが恐ろしくコンパクトにまとまったバッグを見ると、何となく「旅の達人」みたいな雰囲気を感じてしまった。とりあえずシンガポール駅まで出たいとのことだったが、直通のバス路線がない(というより、分からない)ことと、以前最寄のMRTの駅から歩いていったことがあったことから、一緒にその近くのMRT駅までのバスに乗っていくということになった。
2年後に訪れたときは、改修工事の最中でした |
注:2002年現在、MRTの線路が伸びて、空港に直結したみたいです。工事をしていた気配なんかなかったのに。
昼前になると、近くのビルの工事の音がうるさくなったので、昼食がてら散歩することに。とはいえ、ワタシのことゆえ、どこまで行くかわからないので、「とりあえず」パスポートを持っての外出。今回のシンガポール旅行の目的のひとつである、「となりの国へ行ってみる」ことの準備だけしておきます。
だけど、やはり時間がありそうなので、まずは今まで行ったことのないインドネシアへ行ってみることに・・・。
だけど、やはり時間がありそうなので、まずは今まで行ったことのないインドネシアへ行ってみることに・・・。
わずか1時間で、時差ボケ
インドネシア・バタム島(Indonesia / Batam Island)
宿の近くの観光案内所で、インドネシア・バタム(Batam)島へ向かう方法を聞きだす。船乗り場の場所だけでなく、そこまで行くバス乗り場の場所まで教えてもらい、そのほかの情報も収集して、早速出発。
シンガポール側のWorld Trade Centre(以下WTC)から高速艇に乗ってわずか40分で、インドネシア領のバタム島のセクパン(Sekupang)港に行くことができる。ただし、ここで厄介なことは、「国を越える」ことだけではなく、「時差がある」ということだった。今まで飛行機に数時間乗って時差を超えたという経験しかなく、時差のことを上手く理解できないまま14:05発の船に乗り込んだ。到着は14:45、ただし現地時間では13:45である。これから数十分、同じ時間を繰り返す(?)ことになる。ものすごく、不思議な体験だった。
インドネシアの入国審査は恐ろしく簡単に終了し(シンガポールから来る人しかいないことを考えれば、そうかもしれませんが)、小屋を出ると想像どおりタクシーの運ちゃんが大挙して押し寄せてきた。最初のうちは無視して歩いていたが、そのうち一人だけになったとき「話だけでも聞いてやるか」というつもりで立ち止まって「どこまで行きたいんだ」とか「安くしとくぞ」みたいなありきたりの吹っかけバナシの相手をしていた。どこかまで行くとしても、この島に何があるかすら分からない。適当に走ってもらうにしても、そこまで金を持っていない。どうしようかな、と思っていたときに、とあることを思い出した。
「あっ、17時までには、旅館に戻る予定だった!」
この時間に意味はないのだが、いったん荷物を置きに戻って、食事や買物に出かけて、明るいうちに戻るにはこれくらいかな、と思っていた。WTCからバスで市街地まで、約1時間。船も1時間。となると、14:30の船に乗らないといけない。そう考えると、出港時間が迫っている。何だか分からないまま、船の時間を確認するために港の建物へ引き返した。さすがに建物の中まで追っかけてくることはなかったが、「一体、何のためにインドネシアまで来たのかな?」と思いつつ、帰りの船のチケットを購入した。そこの売店で水(ミネラルウォーター)をシンガポール$で買うだけのわずかばかりの「インドネシア滞在」を済ませて出国手続きを取った。だが、そこの出発ロビーで見たものは、インドネシア時間の時計だった。
「しまった、逆算するときに、時差を考えるのを忘れていた・・・」
チケットを購入してしまったので変更もできず、おまけに「出国」してしまったので後戻りもできず、船を待つまでの間、短かった「インドネシア滞在」を回想していた。
注:その後インドネシア入国にはVISAが必要になったようです
詳細、最新情報は、以下のサイトでご確認ください
大きな地図で見る
Penguin Ferry 《英》
在インドネシア日本国大使館
Tourism Indonesia 《英》
PEMKO Batam 《おそらく、現地語》
シンガポール側のWorld Trade Centre(以下WTC)から高速艇に乗ってわずか40分で、インドネシア領のバタム島のセクパン(Sekupang)港に行くことができる。ただし、ここで厄介なことは、「国を越える」ことだけではなく、「時差がある」ということだった。今まで飛行機に数時間乗って時差を超えたという経験しかなく、時差のことを上手く理解できないまま14:05発の船に乗り込んだ。到着は14:45、ただし現地時間では13:45である。これから数十分、同じ時間を繰り返す(?)ことになる。ものすごく、不思議な体験だった。
インドネシアの入国審査は恐ろしく簡単に終了し(シンガポールから来る人しかいないことを考えれば、そうかもしれませんが)、小屋を出ると想像どおりタクシーの運ちゃんが大挙して押し寄せてきた。最初のうちは無視して歩いていたが、そのうち一人だけになったとき「話だけでも聞いてやるか」というつもりで立ち止まって「どこまで行きたいんだ」とか「安くしとくぞ」みたいなありきたりの吹っかけバナシの相手をしていた。どこかまで行くとしても、この島に何があるかすら分からない。適当に走ってもらうにしても、そこまで金を持っていない。どうしようかな、と思っていたときに、とあることを思い出した。
「あっ、17時までには、旅館に戻る予定だった!」
この時間に意味はないのだが、いったん荷物を置きに戻って、食事や買物に出かけて、明るいうちに戻るにはこれくらいかな、と思っていた。WTCからバスで市街地まで、約1時間。船も1時間。となると、14:30の船に乗らないといけない。そう考えると、出港時間が迫っている。何だか分からないまま、船の時間を確認するために港の建物へ引き返した。さすがに建物の中まで追っかけてくることはなかったが、「一体、何のためにインドネシアまで来たのかな?」と思いつつ、帰りの船のチケットを購入した。そこの売店で水(ミネラルウォーター)をシンガポール$で買うだけのわずかばかりの「インドネシア滞在」を済ませて出国手続きを取った。だが、そこの出発ロビーで見たものは、インドネシア時間の時計だった。
「しまった、逆算するときに、時差を考えるのを忘れていた・・・」
チケットを購入してしまったので変更もできず、おまけに「出国」してしまったので後戻りもできず、船を待つまでの間、短かった「インドネシア滞在」を回想していた。
注:その後インドネシア入国にはVISAが必要になったようです
詳細、最新情報は、以下のサイトでご確認ください
大きな地図で見る
Penguin Ferry 《英》
在インドネシア日本国大使館
Tourism Indonesia 《英》
PEMKO Batam 《おそらく、現地語》
有り難くない「誕生パーティー」
この日は、旅館家族の息子(娘だったっけ?)の誕生日だったらしく、完全に寝る体勢に入った直後に女将さんがわざわざワタシを起こしにきた。なんだか、誰かの誕生日祝いをするらしかったが、頭も身体も睡眠モードに入っていたので「後から、下りる」とだけ伝えた。
玄関のロビー(といっても、団欒スペース&物置と化していますが)には、家族全員と、欧米系のでぶっちょオジサンがいて、「身内のパーティーに混ぜてもらってもいいのかな」と思ったが、すでにワタシのためのケーキの取り皿や缶コーラを用意してもらっていたので、今更断ることができなかった。ただ、初めのうちは、ケーキを黙々と食べていたので良かったのだが、話しを振られるようになって、ただでさえ寝不足&花粉症で頭が痛いのと、到着1日目で頭が英語モードに入っていないのとで、その場にいること自体、辛く感じられるようになった。大あくびを連発するようになると、周りも心配してくれて、何とか部屋に戻ることができた。
そのため、幸か不幸か、彼(やっぱり、彼女かも知れん)の誕生日だけは覚えている・・・。
玄関のロビー(といっても、団欒スペース&物置と化していますが)には、家族全員と、欧米系のでぶっちょオジサンがいて、「身内のパーティーに混ぜてもらってもいいのかな」と思ったが、すでにワタシのためのケーキの取り皿や缶コーラを用意してもらっていたので、今更断ることができなかった。ただ、初めのうちは、ケーキを黙々と食べていたので良かったのだが、話しを振られるようになって、ただでさえ寝不足&花粉症で頭が痛いのと、到着1日目で頭が英語モードに入っていないのとで、その場にいること自体、辛く感じられるようになった。大あくびを連発するようになると、周りも心配してくれて、何とか部屋に戻ることができた。
そのため、幸か不幸か、彼(やっぱり、彼女かも知れん)の誕生日だけは覚えている・・・。
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